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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)58号 判決

原告 菊池照行

右訴訟代理人弁護士 吉田元

被告 向陽金属工業株式会社

右代表者代表取締役 山田敏雄

右訴訟代理人弁護士 大平恵吾

主文

一  被告は原告に対し金二〇〇〇万円及び内金一九〇〇万円に対する昭和六〇年二月六日から完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  原告は、昭和五八年六月一一日、被告に自動車運転手(主として貨物自動車の運転)として雇用された。

(二) ただし、原告は、被告会社の代表取締役である山田敏雄から採用面接の際、工場現場で金型プレス機械による作業についても習熟のうえ従事し、また、コンピューター機の操作、集金業務などについても従事するよう申し渡された。

(三) 入社翌日午後貨物自動車運転の業務終了後、原告は右代表取締役からプレス機械(圧力一〇トン弱の簡単なエンボスプレス)の作業を命じられ、他の従業員を見習って、何とか操作した。その後タップと称するネジ切り作業も命じられ、原告は本来の業務である自動車運転とプレス、タップの作業を行なっていた。

2(一)  同年七月一日午前八時原告が出社し、エンボスプレスの作業中午前九時前後に上司から八〇トンの大型プレス機(以下「本件機械」という。)の操作を命じられ、ピアスファーム型製品の加工作業に従事した。

(二) 本件機械は別紙第一及び第二図面の略図のような大型プレス機であって、その構造、操作方法はおおよそ次のとおりである。

(1) 高さは約二・五メートル、幅約一・五メートル

(2) スイッチDのうち上の始動ボタンを押すと電力が入り、機械の左側のベルトが回転可能となる。

(3) 作業者は左手に磁気手袋をはめ、機械の前に立ち、右手で鉄板材料を取上げB台の所定の金型上に固定させる。

(4) 右手を引いてEのペダルを踏むとエアー圧によりFのストッパーがはずれ、八〇トンのプレスAが下がり、B台上の鉄板材料に圧力が加わり、上へ戻る。

(5) プレスが上へもどったのち磁気手袋の左手でできあがった製品の鉄板を取り下し作業者の左に置く。

(三) 原告は、前同日午前九時三〇分、本件機械の操作中右手にはめた磁気手袋で鉄板材料を取りあげB板上に置き手を離そうとした瞬間Aプレス部分が下降し、右手甲を挟圧され、右手第二、三、四、五指の不全切断並循環障害等の傷害を被った。

3  本件機械の操作にはかなりの熟練が必要であるうえ、本件機械は作業能率を上げるためプレス圧縮の時両手でボタンを押す、いわゆる安全スイッチを切り、足踏みペダルで作動させる熟練者用の機械であるから、被告は本件機械を使用させるについては、機械の構造、性能を熟知せしめ操作の方法についても訓練を施すなど原告をして安全に就労せしむべき義務がある。

しかるに、原告に右作業を命じた原告の上司は「右手のマグネットで材料を取りあげ型に入れ手を出してから左足でペダルを踏んでプレスをし、出来上がった製品を左手のマグネットで取り出すという操作の繰返しである」という簡単な説明のみで原告を作業に就かせ、安全配慮義務に違反した。

よって、被告は民法四一五条により賠償責任がある。

4  訴外一木正徳、同坂口昇は被告の従業員で他の従業員に比して機械操作、製造加工工程に通じた熟練者で、年長者でもあり、工場長、主任格と目され、工場内では原告に対して指導監督する立場にあった者である。

原告は本件機械についてその構造、性能、操作方法についてまったく習熟したことはなく、訓練を受けたこともなかった。

しかも本件機械は作業能率を上げるためプレス圧縮の時両手でボタンを押すいわゆる安全スイッチを切り、足踏みペダルで作動させる熟練者用とされていた。

かかる諸事情の下では経験の全くない原告に本件機械の操作を委ねると誤って手を挟まれて重大な事故の発生が容易に予見されたから、前記訴外両名はかかる危険を未然に防止すべき義務がある。しかるに、前記訴外両名は原告に対し本件機械について簡単な操作方法を教示しただけで、漫然本件機械の操作を命じた過失がある。

よって、被告には使用者として民法七一五条の賠償責任がある。

5  原告は本件事故により次の損害を被った。

(一) 治療費 二九二万七八六四円

(二) 入院雑費 一〇万八〇〇〇円 原告は訴外熊倉整形外科病院に昭和五八年七月一日から同年一一月一二日まで一三五日入院したが、入院一日につき八〇〇円が相当であるから、これに入院日数を乗じた金額。

(三) 休業補償費 一〇七万円 原告は前記病院に一三五日入院したほか昭和五八年一一月一三日から昭和五九年一月三〇日まで七九日通院し、症状固定まで二一四日要した。原告は事故当時月収一五万円を得ていたのでこれを日額に換算すると五〇〇〇円となるのでこれに前記日数を乗じた額。

(四) 傷害慰謝料 一五〇万円 原告は本件事故で右手第二、三、四、五指の不全切断並循環障害等の傷害を被って入院一三五日、通院総日数七九日(実日数二七日)を要したので慰謝料は前記金額が相当である。

(五) 後遺障害逸失利益 三八四一万九二六五円 原告は本件事故による後遺障害として労働者災害補償保険法施行規則別表第一障害等級表所定の第七級六号の等級認定を受けているから労働能力喪失率は五六パーセントである。

昭和五七年度賃金センサス男子労働者学歴計によれば年収は三七九万五二〇〇円、受傷時原告は一九歳であるから減収期間は四八年、その間のライプニッツ係数は一八・〇七七である。よって、逸失利益は年収に労働喪失率、ライプニッツ係数を乗じた前記金額である。

(六) 後遺障害慰謝料 六七〇万円

(七) 弁護士費用 一〇〇万円 原告は本件訴訟を遂行するため原告訴訟代理人弁護士に訴訟委任し、弁護士報酬規程により相当の費用と報酬を支払うことを約しているが、右弁護士費用のうち、少なくとも、一〇〇万円は本件債務不履行(又は本件不法行為)と相当因果関係にある損害である。

(八) 合計 五一七二万五一二九円

6  原告は労災保険から以下の金額の支払いを受けている。

(一) 治療費 二九二万七八六四円

(二) 休業補償費 七五万六〇九〇円

(三) 既受領分年金 一六六万四七五〇円 労災保険年金は年間合計六六万五九〇〇円を二月、五月、八月、一一月の四回に分割して支給され、右は昭和五九年二月分から同六一年五月分までの既受領分。

7  よって、原告は被告に対し本件事故により被った損害のうち金二〇〇〇万円及びうち金一九〇〇万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和六〇年二月六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1項(一)のうち原告がその主張の日に被告に自動車運転手として雇用されたことは認める。ただし、自動車運転手兼社長付きである。

同項(二)の事実は否認する。

同項(三)の事実は否認する。採用数日後、原告がプレス部門を持つ職場に働くことに鑑み、プレスがいかなるものかを知らしめるため被告会社代表取締役が自らエンボス加工を見せ、原告にもやらせた。エンボス加工には小さなプレス機を使用する。右代表取締役は原告に対しその他のプレスをすることを禁じ、その旨プレス部門の上司にも命じた。数日後先輩のプレス工がエンボス加工以外のプレスをしている側に原告がいて、原告も操作をしそうに見えたので、右代表取締役が原告を叱責し、先輩工員にも原告にプレス機の操作をさせてはならない旨注意した。

2  同第2項(一)の事実は否認する。

3  同項(二)の事実は否認する。本件機械はアマダの八〇トンプレス機の新式のものである。新式のものは幅が狭く、スイッチの位置が異なり、ベルトが機械の背後にあり、ペダルが左側にはなく(ペダルがコードで移動できるようになっており、右利きの人はおおむねこれを右側に置く)、プレス機のうち上下する部分(コネクションスクリューショルダーホールド=スライド)がエアー圧によりストッパーがはずれて下がるのではなく電気を流している間だけ動き、電気の流れを止めると機械も動きを止める。また、作業者は両手に磁気手袋をはめない。

同項(三)のうち原告がプレス機に狭まれ、ほぼ原告主張の傷害を負ったことは認め、その余の事実は否認する。

3  同第3項の事実は否認する。被告は原告を運転手兼社長付として採用、稼働させていたものであり、プレス工として採用、稼働させていたものではない。しかも、被告は原告に対しプレス機の操作を厳禁していたものであるから、被告には原告主張の債務はない。

4  同第4項の事実は否認する。

5  同第5項(一)の事実は認める。

同項(二)のうち原告が訴外熊倉整形外科病院に昭和五八年七月一日から同年一一月一二日まで一三五日入院したことは認め、その余の事実は不知。

同項(三)のうち入院日数及び原告の事故当時の月収は認め、その余の事実は否認する。通院最終日は昭和五九年一月二三日であり、休業補償の期間は二〇七日である。

同項(四)の事実は否認する。

同項(五)のうち原告が第七級六号の認定を受けたこと、原告の受傷時の年齢は認め、その余の事実は否認する。

同項(六)、(七)、(八)の事実は否認する。

三  抗弁

本件事故は原告が自己の職分に反し、会社の禁止命令に反し、したがって、何らの訓練を受けずに被告の意に反した不注意な行為によって生じたものでその責めはほとんど原告にある。少なくとも、九〇パーセントは原告の過失によるものである。よって、被告は右の限度で過失相殺を主張する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、その主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が昭和五八年六月一一日被告に自動車運転手として雇用されたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、《証拠省略》によれば原告は運転の業務に従事するかたわら、入社二日目被告会社代表取締役に命じられてエンボスプレスの作業をしたのを始めとし、以後、エンボスプレスの作業に従事しており、本件事故当日も事故直前まで右作業をしていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

被告会社代表者山田敏雄は職場の人にも原告はプレス工ではないと言っており、原告には八〇トンプレスを操作することを禁じた旨述べているが、証人一木正徳は、被告会社代表取締役から原告に八〇トンプレスをやらせるなと言われた記憶ははっきりしないと述べ、証人坂口昇の証言によっても訴外坂口らも原告においおいプレスの仕事を教えて行こうという考えがあったことが認められ、これらによれば、原告がプレスの仕事をすることは明らかに被告の意に反したとは認めがたいので前記被告会社代表者山田敏雄の供述部分は採用しがたい。

したがって、原告は被告に形式上は運転手として雇用されたが、その職務の内容は運転業務に限定されていたものではなく、プレス作業もその担当職務とされていたと認めるのが相当である。

二  原告が昭和五八年七月一日午前九時三〇分、本件機械の操作中右手にはめた磁気手袋で鉄板材料を取りあげ板上に置き手を離さそうとした瞬間プレス部分が下降し、右手甲を狭圧され、右手第二、三、四、五指の不全切断並循環障害等の傷害を被ったことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば事故当日原告は被告のプレス部門の責任者的立場の訴外一木正徳から本件機械を使用した作業をするように言われたことが認められるから、訴外一木は被告の履行補助者として原告に対し被告の業務である本件機械による作業を命じたものであると認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  本件機械がアマダの八〇トンプレス機であることは当事者間に争いのないところであるが、如何なる型式の機種であるかは明らかでない(即ち、原告は別紙図面の機種であると主張し、右主張に沿う証人一木正徳、原告本人の各供述があるが、証人坂口昇、被告会社代表者山田敏雄の各供述と対比すると採用することはできず、他方、被告は、本件機械が乙第一号証のトルクパックプレスであると主張し、右主張に沿う証人坂口昇、被告会社代表者山田敏雄の各供述があるが、成立に争いのない乙第四号証、右の証人一木正徳、原告本人の各供述と対比すると採用することができない。)が、《証拠省略》によれば、本件機械はフリクションクラックのクランクプレスで安全装置は両手操作式のものであったが、被告会社ではこれを使用せず、足踏式を使用していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  次に、安全配慮義務の違反の有無について検討する。本件機械は八〇トンプレス機で強力な圧力をかけて板金等を加工する機械であるから、《証拠省略》により認められるごとく同機械で怪我をすることも少なくなく、その操作には危険を伴うものであり、しかも前認定のとおり、プレス圧縮の時両手でボタンを押す両手操作式の安全装置を使用せず、足踏みペダルで作動させていたから、さらに操作に伴う危険性は大きい状態になっていたもので、被告としては本件機械を使用させるには、機械の構造、性能を熟知せしめ操作の方法についても訓練を施すなど原告をして安全に就労せしむべき義務があるものというべきである。

しかるに、《証拠省略》によるも原告に右作業を命じた訴外一木は暫くの間自分で本件機械の操作をしてみせたのみで原告を同作業に付かせたものであることが認められるのみで、他に本件機械の構造、性能を熟知せしめ操作の方法についても訓練を施すなど、原告を就労せしめるにつき安全配慮義務を尽くしたと認めるに足る証拠はない。

五  次に本件事故による損害について検討する。

1  治療費二九二万七八六四円は当事者間に争いがない。

2  入院雑費について 原告が訴外熊倉整形外科病院に一三五日入院したことは当事者間に争いがなく、入院雑費は一日につき八〇〇円が相当であるというべきであるから入院雑費は合計一〇万八〇〇〇円である。

3  休業損害について 原告は前記のとおり病院に一三五日入院したほか昭和五八年一一月一三日から昭和五九年一月二三日まで七二日通院し、休業期間が二〇七日であった限度においては当事者間に争いがなく、原告が主張する、最終通院日が昭和五九年一月三〇日であると認めるに足る証拠はない。原告が事故当時月収一五万円を得ていたことは当事者間に争いがないから日収は五〇〇〇円であると認められ、したがって、本件事故による休業損害は五〇〇〇円に二〇七日を乗じた一〇三万五〇〇〇円である。

4  傷害慰謝料について 前記のとおり、原告は本件事故で右手第二、三、四、五指の不全切断並循環障害等の傷害を被って入院一三五日、通院日数七二日を余儀なくされたので右傷害に対する慰謝料は一四〇万円と認めるのが相当である。

5  後遺障害逸失利益について 本件事故による後遺障害等級は労働者災害補償保険法施行規則別表第一障害等級表所定の第七級六号であるとの認定を受けていることは当事者間に争いがなく、右の後遺障害からすると労働能力喪失率は五六パーセントであると認めるのを相当とする。

昭和五七年度賃金センサス男子労働者学歴計によれば、年収は三七九万五二〇〇円、受傷時原告は一九歳であるから減収期間は四八年、その間のライプニッツ係数は一八・〇七七である。

よって、右の年収に労働喪失率、ライプニッツ係数を乗じて逸失利益を算出すると、三八四一万九二六五円となる。

6  後遺障害慰謝料について 前記のとおり本件後遺障害等級は第七級六号であるから後遺障害慰謝料は六七〇万円と認めるを相当とする。

7  以上合計五〇五九万〇一二九円

8  次に過失相殺について検討する。前認定のとおり本件機械は足踏みペダルで作動するようになっていたから、他に誤作動の原因が証明されない限り原告が台のうえに材料を置くために手を出している間に誤って右のペダルを踏み、本件機械を作動させ、本件事故に至ったと推定せざるを得ない。

したがって、原告にも過失があるといわざるを得ず、右によれば原告の過失相殺率は四〇パーセントと認めるのが相当である。その結果、過失相殺後の損害額は三〇三五万四〇七七円となる。

9  原告が労災保険から治療費二九二万七八六四円、休業補償費七五万六〇九〇円、既受領分年金一六六万四七五〇円の各支払いを受けていることを自認しているからこれを控除すると損益相殺後の損害額は二五〇〇万五三七三円である。

10  《証拠省略》から原告が本件訴訟を遂行するため原告訴訟代理人弁護士に訴訟委任し、弁護士報酬規程により相当の費用と報酬を支払うことを約していることが認められ、右弁護士費用のうち、少なくとも、一〇〇万円は本件債務不履行と相当因果関係にある損害であると認めるを相当とする。

六  右によれば、原告の請求は、爾余の点について判断するまでもなく、理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 青山邦夫 小池喜彦)

〈以下省略〉

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